川越氷川神社例大祭・神幸祭
神幸祭は川越藩城主、松平信綱公が慶安元年(1648)、総鎮守氷川神社に神輿・獅子頭等の祭具を寄進したことからはじまります。さらに信綱公は江戸の天下祭に則した神幸祭の斎行を奨励しました。それ以来、川越氷川祭りは氷川神社から出る御神幸の行列に各町内の屋台や山車が供奉するようになりました。
江戸名工の精巧な技を受け継ぐ山車、踊り屋台が初めてお目見えしたのは、元禄十一年(1698)。今の川越市元町二丁目、当時の高沢町から。いまでは10ケ町22台の山車が川越の町を練り歩くまでに発展し、「川越まつり」とも呼ばれるようになり、関東一円から見物客が押し寄せる埼玉県随一の祭です。この「川越氷川祭の山車行事」は国の重要無形文化財に指定されています。350年もの間、受け継がれてきた川越氷川祭り。これからも祭りを支える方々と私ども神社とが、世代や立場を超え、共に伝統文化を継承していきたい…。私どもは、心より願っております。
川越氷川祭礼絵巻(写し) 文政9年(1806) 川越氷川神社蔵
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